(基礎的なことですが、
これから 放射性物質と長いつき合いになるので、
人間の細胞と放射線について 少し解説をしておきます。)
生命をもった生物が この地球に誕生したのは、
今から37億年前と言われています。
しかし 生まれたての生物には とても辛いことがありました。
それは、空から放射線が ものすごく降って来るからです。
最初の生物は 海の中で誕生しましたけれども、
その生物が 海水面に上がってくると
すぐ ガンになって死んでしまったのです。
その原因は 太陽にありました。
太陽というのは 核融合をしている
「裸の原子炉」ですから、
そこから 強い放射線が地球に降り注いだのです。
しかし
生物は 太陽の光がないと生きていけませんので、
(意識があったかどうかは別にして)
チャレンジ精神の旺盛な強い生物は 危険をおかして
海水面に上ろうとしたのです。
できるだけ多くの太陽の光を浴びようとすると、
降り注いでくる放射線から 守ることが必要になります。
このことから 生物には、
放射線に対する防御能力が発達しました。
原始的な動物にも放射線に対して防御する力が強いのは
このような 歴史的な経験からです。
もし、そのままであれば地球上には、
今のように 多くの生物が住むことはなかったでしょう。
しかし、
今から約15億年程前、
生物が吐き出した酸素が上空に上り、
成層圏でオゾン層を形成したのです。
このオゾン層は、
太陽からの放射線を ほとんどシャットアウトするという性質を持っていました。
その後、
不運なことに しばらく地球が寒冷化したので、
生物は それほど繁殖しませんでしたが、
今から6億年程前に地球が暖かくなると、
放射線は来ないし、
気温は温暖化したので生物が急激に繁殖します。
その末裔が今の人間です。
そして、
人間が最も放射線に対する防御も発達しています。
なお、
夏の海水浴で真っ黒に日焼けするのは、
「波長の長い放射線」で
それに対する防御も人間はとても進んでいます。
わたくしは 長く人間や生物、
またプラスチック(高分子)等の材料の劣化の研究をしてきました。
プラスチックと人間というと 大きく違うように思いますが、
石油は大昔の生物の死骸なので、
石油から作ったプラスチックは 人間の体と非常に似ているのです。
一つの例を挙げますと、
人間の女性の足を作っている筋肉は
「ポリアミド」という高分子ですが、
女性が使っているストッキングは
「石油からできたポリアミド」です。
つまり、
ストッキングを はいている女性の足は、
ポリアミドでできた自分の筋肉の上に、
これもポリアミドでできたストッキングを はいているのです。
つまり、
人間や生物の体の材料とプラスチックは ほとんど同じもので、
わたくしは長い間、
「人間の体のように、
自分で自分を修繕するようなプラスチック」
(自己修復性プラスチック)を研究していました
(詳しくは私の研究が雑誌「ニュートン」に2度ほど紹介されていますので、
それを ご参照ください)。
わたくしが原子力の研究をしていた頃、
重要な研究テーマの一つは
「放射線で材料が劣化しないこと」でした。
その研究の過程で 人間の細胞は なかなか放射線で死なないこと、
その修復は どのようなメカニズムであることかを知ったのです。
このブログでも書いていますように、
わたくしは放射線に対して従来から
「規制値が厳しすぎるのではないか」ということを発言してきた一人です。
それは わたくしが人間の細胞と放射線の関係を調べてみると、
人間の細胞は修復力が強く、
放射線でダメになってもすぐ修繕するからです。
でも、わたくしは
「放射線と細胞」というある一面からしか研究していないのですが、
放射線に関わる多くの専門家は
「放射線と身体」の総合的な関係を研究されておられるからです。
例えば、
10万人の集団がいて、
ある量の放射線を浴びると どのくらいガンが発生するか という統計的な研究や、
また医学的にある放射性物質が体に入った時に
どのような作用するか ということも詳しく調べられています。
原子力の分野では、
日常的にも放射線と体への影響というのは議論になります。
そして
その中には いろいろな専門の先生がおられますから、
それぞれの研究分野で見方が違います。
わたくしのように
「放射線と細胞の劣化」ということを研究している人は、
放射線で細胞が劣化しても
回復力が強いから大丈夫ではないか という感触を持っていますし、
また
現場のお医者さん等は
放射線で障害を受けた人を治療しておられますから、
やや慎重であるという傾向があるからです。
こう言った議論を通じて 最終的にはある規制値が決まってきます。
それが現在の1年間で1ミリシーベルとまでは
大丈夫だという規制値になっているのです。
福島原発の事故が起こっても、
私は人間の細胞は放射線に対する防御に優れているので、
そう簡単にやられないと思っています。
でも、
それは
「免疫力が強く、
栄養のバランスがとれて、
休養が十分」という条件が必要です。
しかし、
人間は そのように元気な人ばかりではありません。
赤ちゃんや病気がちの人もおられますので、
やや規制値は低くなりがちです。
人間の体というのは本当に複雑なので、
「わたくしが大丈夫だから、
あなたも大丈夫」ということにもなりませんし、
一方では、
強い放射線を浴びても あまり病気にならない人もいます。
機会がありましたらもう一度、
人間の細胞が放射線のダメージから
どのように立ち治っていくかということも解説していきたいと思います。
もちろん
放射線に被爆して体が痛むというのは、
「病気」の一種ですから、
できるだけ栄養を取り、
休養を十分にとり、
そして
免疫力をつけることが放射線に対して
体を守る一つの方法であることは 間違いありません。
(平成23年4月3日 午前8時 執筆)
武田邦彦