4.法律とその基準

(詳しく知りたい人に)
少し落ち着いたら 放射線の被曝の基準について、 法律という面から整理をしようと思っていましたけれども、 なかなか 福島原発が落ち着かないので、 放射線の被曝についての法律の話をしておきたいと思います。
放射線の被曝に関する基本的な日本の法律は、 「原子力基本法」です。 昭和30年にでき、 最後の改正が行われたのは平成16年です。
第1条の目的には、 「この法律は、 原子力の研究、 開発及び利用を推進することによって、 将来におけるエネルギー資源を確保し、 学術の進歩と産業の振興とを図り、 もって 人類社会の福祉と国民生活の水準向上とに寄与することを 目的とする」とあります。
きちんと書いてある目的の条文ですが、 どちらかというと 原子力を利用する側に重点が置かれているような気もします。
また、 放射線による障害の防止として、 第20条に 「放射線による障害を防止し、 公共の安全を確保するため、 放射性物質及び放射線発生装置に係る製造、 販売、 使用、 測定等に対する規制 その他保安及び保健上の措置に関しては、 別に法律で定める」とあります。
この法律を受けて、 「放射性同位元素等による放射線障害の防止に関する法律」という やや長い名前のついた法律があり、 昭和32年に制定され、 最終の改正は平成22年5月です。 つまり 昨年の5月に最終的な改訂が行われています。
この法律は基本的なことが書かれていますが、 あまり数量的なことは示されていません。 この法律のもとにさらに 「放射性同位元素等による放射線障害の防止に関する法律施行令」、 「放射性同位元素等による放射線障害の防止に関する法律施行規則」、 「放射線を放出する同位元素の数量等を定める件」があります。
名前を見るだけで 嫌になってしまうような 長い名前の法律や規則です。 数量を決めるのは最後のもので、 ここには 後に整理をする厚生労働省と同じ数値が のっていますが、 ただ、 排水、 排気の基準のところに、 規則第19条があり、 線量限度として 「1年間に1ミリシーベルト」とあります。 これが 「公衆が安全な線量」とされています。
条文に明記されていないのは、 「公衆の限度を越える事態」そのものの概念がないからです。 つまり 人工的に放射線や放射性物質を出す場合は、 「意図を持って出す」のであって、 福島原発のように 「制御できずに出す」という事はないと錯覚しているからです。
でも、 公衆の被曝限度が1ミリシーベルト(年) なので、 最終的にはこの数字がチラチラと出てきます。

次に、 厚生労働省の管轄である 「労働者の保護」を目的とした 放射線障害防止規則を説明しておきたいと思います。
文部科学省の法律と 厚生労働省の法律は 同じ日本国のものですから、 わずかなところは違いますが 基本的には同じ構造と数値でできています。
厚生労働省の法律では、 「労働安全衛生法」がまずあり、 その下に「労働安全衛生法施行令」があり、 さらにその下に 「電力放射線障害防止規則」があります。 この規則は、 昭和47年に制定され、 最後の改正は、 平成23年1月ですから、 今年の1月に最終的な改正が行われています。
この規則は、 労働者を被曝から守るわけですから第1条の目的には、 「事業者は、 労働者が電離放射線を受けることを できるだけ少なくするように努めなければならない。」とあります。
しかし、 他の法律で決められている数値も同じです。 それは労働者と一般人は同じ人間だからです。
規則の構造を説明しながら数値を示していきます。
まず重要なのは 「管理区域」の概念です。 つまり放射線の被曝を減らすためには、 日本中どこでもかしこでも注意するわけにいかないので、 ある放射線を超えるところだけ 「管理区域」として決めるという考え方です。 つまり、第三条では、
一、 外部放射線による実効線量と 空気中の放射性物質による実効線量との合計が 三月間につき 一・三ミリシーベルトを超えるおそれのある区域
二、 放射性物質の表面密度が 別表第三に掲げる限度の十分の一を超えるおそれのある区域
となっています。
まず、 最初の数値は 3ヶ月で1.3ミリシーベルトですから、 福島原発でマスメディアが使った1時間あたりの放射線量で言えば、 0.6マイクロシーベルトになります。
福島原発から放射線が漏れ 福島市の1時間あたりの放射線量が20マイクロシーベルトになったときに、 わたくしは びっくりしました。
私が放射線と健康について どう考えているかどうかは別にして、 法律で管理区域が0.6マイクロシーベルト以上となっているときに、 その30倍もの放射線量が、 普通のところ=福島市全体、におよんだのです。
私は、 福島市長が 直ちに福島市を管理区域にして市民を守ると思っていましたが、 事態は全く逆になり、 また びっくりしました。
また、 表面汚染ですが、 ここで言っている別表第3には、 「アルファ線を出すもの: 1平方センチメートルあたり4ベクレル。 アルファ線を出さないもの 40ベクレル」とされています。
3月31日、 IAEAが 飯舘村の土壌表面で 1平方メートルあたり200万ベクレルを観測しましたが、 1平方メートルは1万平方センチメートルですから、 別表第3の単位では200ベクレルになり、 これも管理区域の指定が必要です。

管理区域の設定が終わると、
(1) 仕事の男性 年間20ミリ (1時間2.3マイクロ)
(2) 仕事の女性 3ヶ月5ミリ (1時間2.3マイクロ)
(3) 妊婦(内部) 妊娠中1ミリ (1時間0.2マイクロ)
です。 労働者を対象としているので、 一般公衆を明記していないが、 一般公衆には妊婦もいるので、 おおよそ 1年1ミリシーベルトに合わせてあります。

最後に ICRP(国際放射線防護委員会)との関係について 整理をしておきます。
ICRPは 1990年に一般公衆の線量限度を1ミリシーベルト(年)と勧告をしました。 これについて、 日本の国内法にどのように盛り込むかについて、 審議委員会は次のように要望を出しています。
「現行の施設基準を変えない事とし、 管理区域の外側の一般人の被ばく線量が 1年当たり1ミリシーベルトを越えないよう管理を行う。
・現状の各施設における 管理区域境界での線量の実測値と 管理区域外側の一般人の滞在時間を考慮すると 大部分の施設は年間1ミリシーベルトを超えない。
・したがって 「施設基準は現行のままとし、 管理区域外側の一般人の滞在時間等を考慮し 年1ミリシーベルトを超える場合には 『特別に管理する区域』を設けることによって基本部会案と同等の安全対策を取ることが出来る。」と考えられる。
・管理区域境界において 線量を連続モニタリングし、 実測値を短時間 例えば1ヶ月毎に点検することにより、 状況に応じて 管理区域の外側に さらに特別に管理する区域を設定すること等によって 一般人の被ばく線量が 年当たり1ミリシーベルトを越えないようにすることは 容易であると考えられる。」
つまり、 直ちに明文化するのではなく、 実質的に1ミリシーベルトを越える怖れのあるところを 注意していきたいということです。
1990年勧告を受けて、 放射線の専門家は みんな1ミリシーベルトで動いていたのに、 福島原発で真逆のことを言われたので、 私はビックリしました。
なお、 政府の原子力データの管理機関 「高度情報科学技術研究機構」では、 そのホームページに、
「線量目標値は、 日本の原子力発電の主流を占めている発電用軽水炉について、 ICRP(国際放射線防護委員会)の ALARA(合理的に達成可能な低減)の精神にしたがって、 放出放射性物質による 周辺公衆の被ばく線量を合理的に達成できる限り 低く保つための設計及び 運転管理の目標として、 定められた (原子力安全審査指針)ものである。
その値は、 実効線量当量で、 年間50マイクロシーベルトで、 一般公衆に対する線量限度の1/20で、 地域による自然放射線からの線量当量の変動の巾より小さい。 実効線量当量は、 気体廃棄物中の希ガスによる外部被ばく、 ヨウ素の摂取による内部被ばく、 液体廃棄物に起因する海産物摂取による内部被ばくの合計で評価する。」
とあり、 一般公衆の線量限度が 1年で1ミリシーベルトであること、 普段は1年間で その20分の1の50マイクロシーベルトを目標にすることが明記されています。
ICRPは 「線量限度」 (我慢できる限度)を1ミリシーベルトにして、 原子力関係者に 「努力目標」を求め、 それが日本では50マイクロシーベルト(年)でした。
福島原発の最初のころ、 1ミリシーベルトを 「単なる目標値」と発言した専門家は深く反省してください。
(平成23年4月5日 午前9時 執筆)
武田邦彦