5.放射線と人間の細胞(その2) どのくらいまで安全か?

メールでご質問を受ける多くの方の関心は、 「どのくらいまで放射線を浴びても大丈夫だろうか」、 「関西にも かなり長くなったので、 いつ頃帰ったらいいだろうか」というのが多いようです。
被曝量は一応計算しても、 それが どのくらい自分や自分の子供に影響があるかが はっきりわからないと決断ができないからです。
申しわけないのですが、 お1人お1人の被曝量を計算して 大丈夫かどうかアドバイスをすることが 時間的に できなくなりましたので、 できるだけ わかりやすく、 現状を踏まえて ここでご説明します。

混乱の第一は、 政府の発表がムチャクチャだったことです。
それはもう忘れていいのですが、 わたくしたちの心の中に引っかかっているので、 一応、 復習しておきます。 政府などの発表は、
「基準値の1ミリシーベルトは 単なる基準値で健康には関係がない。 100ミリシーベルトまで大丈夫である。」
「100ミリシーベルトを浴びても、 1000人に5人ががんになるだけである。」
「基準値の3355倍でも 直ちに健康に影響を与える数値ではない」 (その後、 発電所からの排水は基準値の1億倍までなりました。) などです。
これらの政府や 専門家の発言が 矛盾していることは 放射線と健康の関係を知らない人でも わかるので 不安に陥るのは当たり前のことです。 そこで、 一旦すべてを忘れて基礎から整理をしたいと思います。

頭に入れとかなければ ならないのは、 次の数値とその意味です。
(1) 1年間に50マイクロシーベルト
極端に低い数字ですが、 これもはっきりとした根拠があります。
例えば、 今まで日本の原子力発電所が 発電所の敷地との境界では このくらいまで下げておこうと 政府、 電力会社、 そして専門家が言っていた数字です。
また、 ヨーロッパの環境運動家を中心としたグループは 国際委員会の基準は甘いとして、 おおよそこの程度の数字を出しています。
つまり 「絶対に安全」といえば、 1年間に50マイクロシーベルトという数字もあるのですが、 日本に住んでいると自然放射線でも、 この20倍以上ですから やはり 少し神経質すぎると言ってもいいと思います。
(2) 次の数字は、 1年間に1ミリシーベルトという数字です。
この数字は 国際委員会や日本の法律等で定められているものですから、 基本的にはこの数字が一つの指標になります。
この数字を少し超す場所 (5ミリ)は 「管理区域」という名前で普通のところと区別されて標識が立ち、 そこに 人が入ってはいけない というわけでは ないのですが、 被曝する放射線量を測り、 健康診断をするという必要が生じてきます。
つまり 絶対に病気になる ということはないけれども、 注意をしなければならない ということを意味しています。 管理区域は 1時間あたり0.6マイクロですから、 現在、福島県東部 (郡山を含み、会津若松を除く)、 茨城県北部などは確実に この管理区域に入ります。 従って、 政府のいうように 直ちに健康に影響はありませんが、 やはり被爆する線量を測定したり、 健康診断をして注意をするという必要があるところです。
また、 教育委員会や市役所等は、 政府がいくら安全だと言っても、 政府と独立しているのですから、 法律的に管理区域に指定しなければならない状態のときには 法律に従う必要があるとわたくしは考えています。 具体的には、 1時間に0.6マイクロを越えるところは、 学校でも市の一部でも責任者が 「管理区域」に設定するべきです。
(3) 次に 1年に20ミリシーベルトというレベルがあります。
現在の福島市がややそれに近いのですが、 これは 仕事で放射線に携わる男性の1年間の限界です。
仕事で放射線に携わる人も 一般の人も、 人間は人間ですから、 放射線に対して同じ危険性を持っています。 それなのに 一般の人は1.0、職業であびる人は20というのは 基準が開きすぎているように感じると思います。
しかし それには三つの理由があります。
一つは、 放射線の仕事に携わる人は、 被爆した量を しっかり測り健康診断をしますから、 万が一のときには チェックができるということです。
二つ目に、 放射線の仕事に携わる人は、 健康な成人男子ですから、 一般の人のように赤ちゃんとか妊婦、 また放射線に感度の強い人等が含まれていない ということがあります。
放射線に携わる人でも 妊娠している女性等は特別な規定で保護されています。
三つ目に、 自分の意思で放射線を浴びるか、 それとも 事故等で 自分の意思とは関係なく放射線を浴びる場合と、 差をつけるのが、 防災の基本的な原則でもあります。
例えば、 ハンググライダー等は非常に危険なのですが、 無理やりハンググライダーをやらされるのではなく、 自分の意思でハンググライダーをやるので、 その危険も認められています。
(4) 次に、 50ミリシーベルトという基準があります。
このぐらいになると、 少し 健康障害の恐れが出てきますので、 例えば 50になると子供は甲状腺がんを防ぐために、 ヨウ素剤を服用する必要が出てきます。
(5) 100ミリになると、 慢性的な疾患が見られるようになり、 1000人に5人が 放射線によって ガンになるという数値になります。
ここでいうガンとは、 専門用語では 「過剰発癌」と言って、 普通の生活でがんになるものを除いて 放射線によって それにプラスされる危険性を言っています。
長崎大学の先生を中心にして 1000人に5人ぐらいの過剰発癌は 問題がないという考えがあるのは確かです。 現在の福島市は、 自治体として この考えをとっているようです。
なお これまで非常時の作業で被曝する限界は100でした。 つまり 「非常時に厳重な防護服を着て、 線量計を着け、 管理された状態で100ミリ」というのですから、 それを一般市民に当てはめるのは乱暴だと私は思います。
(6) 次に 250ミリシーベルトというレベルがあります。
このレベルは最近になって 福島原発の作業する人の限界値になったものです (引き上げられた)。 100と250の何が違うかというと、 100まではガンなどの 「すぐにはでない健康障害」を念頭に置いているのですが、 250になると 「急性の白血球減少」等の 「直ちに影響が見られる」レベルになります。
政府が 「直ちに健康に影響がない」と繰り返しましたが、 それはこの250を念頭に置いています。 つまり、 政府が言っている 「直ちに」ということは 「ガンにはなるが、 急性の白血球の減少は見られない」レベルであるということになります。
このように考えますと、 人によって感覚が違うので、 どのレベルが 「正しいレベルである」ということは 必ずしも言えないことがわかります。
心配する人は、 あるいは 50マイクロでも 余計な放射線を浴びたくないと思う人もいるでしょう。 また 楽観的な人は 「1000人に5人ぐらいのガン」なら 大したことがないと思うでしょう。 また お母さんで、 「自分は良いけれども、 赤ちゃんには そんな思いをさせたくない」という人もいるでしょう。
だから、 テレビの専門家が言っていたように 「わたくしは平気だ」等と言っても、 それは その人個人の思想であって、 多くの人が どのくらいを 注意しなければならないのかという問題とは 全く関係がないのです。

わたくしは次のように考えました。
今回の福島原発から出た放射性物質は、 今まで人間が経験したうちの最も多いレベルですから、 わたくしたちの次世代を担う赤ちゃんに 影響をおよぼしてはいけないと考えました。
そうすると、 最も信頼性のある値は 「1年に1ミリ」であり、 それ以下なら 「安心」、 それ以上なら「注意」と はっきりと意識したほうがいいと思います。
これはわたくし個人の意見ではなく、 国際委員会の勧告や日本の法律に明記されていることでもあります。

重要なことを繰り返します。
「1年に1ミリ以内なら安心」ですから、 その範囲なら心配する必要はありません。 わたくしのブログの読者の中で 1年に1ミリ以内でも心配されている方がおられますが、 わたくしは 1年に1ミリ以内なら心配する必要がないと 言ってあげたいと思います。
問題は、 「1年に1ミリ以上で、 20ミリ以下という被曝を受ける可能性がある人」です。 この領域に入る場合には、 「注意」しなければなりません。
この注意というのは具体的に何かというと、 「赤ちゃんや妊婦の場合には できるだけ移動して被曝を避ける」ということです。 もちろん個人的に事情がありますから、 なかなか難しい場合にはマスクをするとか、 食材に気をつける等 できるだけ万全を期さなければいけないと考えています。
最近、 体内の放射性物質を除くとか、 特別なことが言われていますが、 わたくしはあまり信用していません。 もし そのような方法があるのならば、 ヨウ素剤以外にも いろいろな防御手段が これまでも提案されているはずだからです。
成人男子で元気な人は、 管理区域が1年で約5ミリという数値を参考にして、 少し健康に気をつける程度で良いでしょう。 また女性の場合は いろいろな事情があるので 1から10程度の範囲であれば、 「できるだけ気をつける」ということになると思います。
わたくしは最初の頃、 「とにかく逃げた方がいい」と言いました。 これは わたくしの考えではなく、 放射性物質からの防御に対する基本的な考えの一つです。
何か事故があると、 最初の放射線がもっとも強いので、 それを避ければ、 だんだん弱くなります。 今度の場合、 3月12日の週がもっとも放射線量が多かったので、 とにかくその時期は 「逃げろ!」ということなのです。
経済的な負担などがありますが、 逃げておけば安心ですし、 「年間の被曝量」は決まっていますから、 最初に被曝しなければ、 後で余裕がでます。
また、 野菜、 水、 さらに魚などは、 最初の時期の汚染が 「拡がってから」になりますから、 2週間とか1ヶ月が注意のしどころです。

このようなことを考えますと、
(1) 最初に逃げる時期は終わりつつある (福島原発は、 これまでのチェルノブイリなどと違い、 まだ少しずつ放射性物質がでているので 「できれば連休明け」ということになります)。
(2) 野菜、 水も少しずつ安全になってきている。 ただし魚はこれから。 また、 西日本にも徐々に拡がるが、 汚染のレベルは数ミリを超える事はない。
(3) 今後は 「汚染された土地で農業や酪農ができるか」、 「最初に被曝した人は、 それを背負って1年間の被曝を考える」、 「魚を買えなくなる時期が本当に来るのか」などが問題になってきます。

ところで、 読者の方からの情報によると、 福島県は、
「飯舘村 (飯舘村役場) 平常値:-測定値:6.14マイクロシーベルトで、 胃のX線集団検診1回当たりの放射線量は、 600マイクロシーベルトですが、 本日の測定値のうち、 最も高い飯舘村の測定値は、 これを十分下回っており、 健康に影響ないレベルと考えられます。」
と(厳しい言い方では) 犯罪にもなることをホームページに掲載しているそうです。
1時間あたり6.14マイクロシーベルトとは、 すでに事故から1ヶ月程度になりましたので、 1ヶ月で4.4ミリですから、 胃のレントゲン7回分です。 しかも赤ちゃんや妊婦が「腹部の防御もなく」です。
さらに一年では54ミリになりますから、 これは「ヨウ素剤服用」のレベルです。 「安全」ではなく 「危険」です。 福島市は 直ちに管理区域に指定して県民を保護すべきです。
また 横浜市は 放射線物質の少ないとされる 海の傍の地上から離れたところで測定しているようですが、 やはり多くの人がそのまま参考になるような場所で測定するか、 その旨を記載しておく必要があるでしょう。
自治体は市民の命を守るのですから、 「放射線物質を少なく見せて、 仕事を減らそう」などと考えずに、 「やや放射線量の多い低い屋外で測定する」ということを 御願いしたいと思います。
(平成23年4月6日 午前9時 執筆)
(なお、 携帯でご覧になっている人から 「全角の数字でないとみずらい」とのご指摘があり、 全角で書いてみました。)
武田邦彦